×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

気ままな人生、きままな旅

北海道 2001年夏・2/3

ノシャップ漁港
ノシャップ漁港
8月12日 稚内〜層雲峡

 夜明け前に起きると、すでに漁から戻ってきた漁船からコンブをリヤカーやトラックに積み替えていた。朝3時ころには起きて、寝るのは夜10時ころだそうだ。
 今日は朝からいい天気で、サハリンが良く見える。
 宗谷岬で絵葉書なんぞを書きつつ食べた朝食は、毎度のようにセイコーマート(北海道のコンビニ)のお弁当。ウニやイクラも探せば安い食堂もあるけど、あの値段ならうまくて当たり前ってところ。
 流石は岬の先端、潮の流れが非常に早い。
 いい天気でとても気分良く、オホーツク海に沿って南下。典型的な海岸段丘の地形で、途中岡の上にある、国道に沿って走る農道に入ってみる。こっちのほうが静かで気分がいい。

牛
うし
 この辺りはいくつもの岡が連なって、起伏が美しい。牧場わきでクルマを停めて休んでいると、だんだんと牛が近寄ってくる。牛もヒマこいてたところに面白そうなモノが来たとでも思っているのか、好奇心が強そうだ。目の前で見る牛はでっかくて、有刺鉄線越しとはいえけっこう恐いです。
 トイレと駐車場があるだけで、ほとんど目の前のスーパーの駐車場と化していた“道の駅おうむ”で弁当を食べ、紋別(もんべつ)のコンビにでは、巨大な、バスより大きい自衛隊の橋をかける車両を見ながらまた食べ、南下を続ける。

廃線の鉄橋
廃線の鉄橋
 興部(おこっぺ)では、川にかかる廃線の鉄橋を見つけた。他にもいくつもあるけどほとんどは雑草で近づくことが出来ない中、ここのはよく見える。すごく古いものは大切に保存するけど、こういう近代のものはほとんど大切にされないのはなぜだろう。俺が替わりに記憶にとどめ、写真を撮ってあげよう。
 紋別(もんべつ)からは海岸沿いを離れて内陸に向かい、層雲峡(そううんきょう)リフト乗り場を目指す。途中上川で補給。ここで会った日本語の上手なアメリカンチャリダーは元REIの職員で、シアトルにいたことから話が弾む。あさってには函館に着きたいと言っていたが、けっこうハードな行程だ。
 上川駅で明日利用するバスの時刻表をもらい、教えてもらった大雪山系の黒岳(くろだけ)を見ると、山頂まではっきりと見えた。大雪山を一旦パスして利尻山の次にまわしたのは正解のようだ。
 スキージャンプの原田選手の実家は今回はパスして、層雲峡は黒岳リフト乗り場へ到着。駐車場にテントを張っていた、地元の沢登の2人組にクマ情報などを聞く。天の川がはっきりとわかり、毎晩のように流れ星が現れる。

旭岳から黒岳を望む
旭岳から黒岳を望む
8月13日> 層雲峡〜黒岳・旭岳〜旭川〜層雲峡

 朝5時50分始発のロープウエイに乗る。早朝だけどほぼ満員。ロープウエイを降りて少し歩き、リフトに乗り換えてさらに上まで行く。
 今日は黒岳から旭岳(あさひだけ)を経て旭岳温泉ロープウエイで降りてからバスで旭川駅に出て、そこからさらにバスに乗り再び層雲峡に戻ってくる予定だ。14時半までにロープウエイを降りなくては。いつも同じ道で下山するのはつまらないからね。
 大雪山と言うのは大雪山系にある山の総称で、一番高いのは旭岳だ。この旭岳と黒岳はロープウエイを利用して短時間で登れる。
 タオルを忘れてしまったけど、ラッキーなことに途中で黄色いタオルを拾った。ザックの底に予備のタオルがあるけど取り出すのはめんどくさいから、この黄色いタオルを山登り用としよう。
 リフトを降りたところが7合目で、そこから一時間ほどで黒岳山頂に着いた。高曇りで低いところにもたくさん雲があるけど、山頂やこれから歩くところは完全にその雲の上にある。ここも高山植物が豊富だ。
 しばし景色を楽しんだ後、朝日岳方面へ下る。避難小屋の少し先で道が二つに分かれる。ここからはじまる大きな火口壁上の右側を回る道と左側を回るルートの分岐点だ。左側を行くことにする。そのほうが少しは時間の節約になるようだ。
 火口原には降りられない。有毒ガスが出ることがあり、たまにシカやクマが死んでいるそうだ。
 再びルートが合流するところへの登りで、ロープウエイで一緒だったオーストラリアの女性に追いつく。盛んに花の写真を撮っていた。彼の地は乾燥していて、植物少ないからなあ。俺も咲いている時のコマクサを初めて見た。チングルマはすでに花が終わり、種を作っていた。
 この女性は静岡県の清水市で教師をしているそうだ。オーストラリア西南部の端っこの方、パースの南にある小さな町の出身で、兄弟はブルームあたりの炭鉱でニッケルや鉛を掘っているそうだ。俺もその辺りは行ったことがあるので話が弾む。北海道は欧米の観光客も多いのだが、景色がヨーロッパやオーストラリア東部海岸線沿いの地域に似ているそうだ。オーストラリアには無い火山が面白いらしく、俺の火山島に住んでいた経験から、溶岩は最初は黒いがやがて含まれている鉄が錆びて赤くなることなどを話したら、興味深く聞いてもらえたようだ。しかし話しながら彼女のペースで歩くのはとても疲れた。彼女の荷物は少ないけど、どうしてそんなに体力あるの?
 彼女は火口壁をぐるりと回って黒岳ロープウエイへ戻るので、朝日岳への分岐で別れた。おかげで楽しく登ることができた。
 さて、旭岳への最後の登りはとても急で、目の前で威圧するようにそびえ立っている。残雪の上に例の小砂利溶岩が播いてあるので、あまりすべらず登りやすい。登り始めてみると意外とあっけなく旭岳山頂に到着した。反対側から登るほうがずっときつそうだ。

旭岳の噴気口
旭岳の噴気口
 時間に余裕があり、ゆっくりできる。大勢の人がいたが山頂は広くお店を広げるじゅうぶんなスペースがあり、いつものようにお湯を沸かしてコーヒーとカップラーメンを作り、魚肉ソーセージと白桃缶を食べる。ほとんどワンパターンの食事だけど、なぜか飽きない。
 山頂からの景色は素晴らしく、黒岳やそこからここまで歩いてきたルートや遠くの山まではっきり見える。残雪が非常に多い。標高が低いのに木が生えていないところは、雪が遅くまで残る部分だ。
 山頂からは一気に下る。ロープウエイかと思っていた低いうなるような音は、時おり噴気口から吹き上がるガスの音だった。大きな噴気口がロープウエイ側の斜面に2つある。バスがくる1時間前にはバス停に立てた。
 バスは1時間ほどで旭川駅に着く。料金は1000円するが、この距離を走ってこの値段なら安いかな。大学のサークルと思われるグループが2組乗ってきたが、座席にはじゅうぶん空きがある。彼らは程なく眠ってしまった。テント泊で何日間も行動するようで、小柄な女の子もかなり大きなザックを背負っている。疲労と無事下山できた安堵から、眠いのも当然だろう。この道筋は田んぼが多い。工事中の忠別ダムの風景が痛々しかった。
 旭川駅の観光案内所で、層雲峡ロープウエイへ戻るバス停を教えてもらう。駅はお盆休み期間とあって、混雑していた。あちこちにドロ汚れのついたTシャツを着た10歳くらいの女の子が、お菓子を食べながら歩いているのを見て、懐かしい気分がした。バスは3分の1くらいしか座席がうまっていない。層雲峡まで約2時間、2000円の行程。旭川市内で“ガマ記念館”というのを発見。なんだ、アレ?。
 途中バスが信号待ちから発進する時、歩道に兄弟らしき3人の子供がいた。その中で一番小さな坊主頭の男の子が、バスの前部にいる客に向かって手を振ったのだが誰も応えてくれなかったようで、ガッカリした顔ですぐ後ろにいる二人の姉の顔を、何か訴えるように振り返った。そのすぐあと男の子は気を取り直してもう一度、今度はバスの後部に座っている俺に向かって手を振ってきた。なんか嬉しくなって手を振り返したら、満面の笑顔で応えてくれた。
 結局終点までバスに乗っていたのは、俺を含めて2人だけだった。層雲峡に停めてあるクルマに戻り、ホテルのきれいなトイレを借りて、“公共温泉 黒岳の湯”で真狩村以来の風呂に入る。ここなら周囲のホテルよりも遅くまでやっているので、ゆったり出来る。この建物の続きにある、“山の食房 ほかり亭”の塩ラーメンはうまかった。あいかわらず特産品を食べないグルメな俺であった。
 あとから考えると、旭岳に登った後そこのロープウエイで下りずに、火口壁の反対側を通って再び黒岳から層雲峡に戻ればお金の節約にもなってよかったなぁ、とも思うけど、バスに乗るのも悪くないし出来ればローカル線の普通列車にも乗りたいところだからなあ。これで良しとしよう。
 今夜もここ層雲峡ロープウエイ乗り場の駐車場で眠る。食べて出してお風呂でさっぱり、からだも慣れてきて絶好調状態だ。

銀河の滝
銀河の滝
8月14日 層雲峡〜ウトロ岩尾別温泉

 今日の目的地である知床半島ウトロの羅臼岳登山口までは、たいした距離ではないから遅くまで寝ていられるのに、朝6時には起きてしまった。とりあえず層雲峡の銀河の滝などを見に行ったけど、たいして面白くないし寒いので早々に移動を開始する。
 霧の中大雪ダムを通り、今日は少し遠回りになるけど、行程に余裕があるし真っ直ぐ行ってはつまらなそうなので、留辺蕊(るべしべ)、遠軽(えんがる)を通って湧別(ゆうべつ)でオホーツク海に出てから、知床半島のウトロまで行く予定。

ひまわり畑
ひまわり畑
 本当は以前通った三国峠を通りたい気もしたけど、それではあまりにも遠回りになるので石北峠経由にする。
 北海道の峠はカーブも傾斜も緩やかなところが多く、峠らしくない。そんな峠を越え留辺蕊に入り道が平らになるころ、左手の岡の畑が黄色く染まっているのが見えたので確かめに行くと、大きなひまわり畑だった。旅行会社の看板が立ち、記念写真用のひな壇が置いてあった。
 ひまわり畑の近くにある“道の駅おんねゆ温泉”は、かなり規模の大きな道の駅だ。ここでいつものようにコンビニ弁当。ここから左折して遠軽に向かうつもりが真っ直ぐ行ってしまい、仕方ないので北見の手前で広域農道に入り遠軽に出た。

遠軽のターンテーブル
遠軽駅構内のターンテーブル
 遠軽駅はヨーロッパの駅に良く見られるような引込み線形式で、次の駅に向かうには逆方向に走り出す。駅構内にはターンテーブルが残っていた。
 サロマ湖付近ではまた国道をはずれて走り、単なる土産物屋にすぎない“道の駅サロマ湖”に寄る。ここで“さけとば”というサケの燻製か日干しを細長く切ったものを買う。においがきつくて手がベトベトになるけど、スルメのように病み付きになりそうな味で、以降これを食べながら走っていた。
 ウトロは大混雑でいつの間にやら渋滞につかまり、観光船乗り場の有料駐車場に入ってしまい、あわててUターン。とりあえず明日登る予定の羅臼岳を見るため、知床峠に向かう。初めてここからこの山を見た時いつか登ろうと思ったが、それから15年も経ってしまった。半島のウトロ側は晴れているけど、反対の太平洋側は曇っている。途中にあった“知床自然センター”では、羅臼岳登山に関する情報はほとんど得られなかった。

ウトロの鹿たち
ウトロの鹿たち
 知床峠からいったん戻り、登山口になる岩尾別(いわおべつ)温泉の状況を見に行く。細い山道なので、明るいうちに一度見ておきたかったからだ。その帰りにシカを見た。4,5頭ほどの群れで、2頭は小さく子供のようだった。
 その後ウトロのコンビニで弁当を仕入れ、海岸で日没を見ながら食べた。知床半島のウトロ側で水平線に沈む夕日が見られるとは想いもよらなかった。
 日が暮れてから、暗く細く曲がりくねった道を通り、登山口の岩尾別温泉の駐車場に着く。この駐車場はホテルのものだけど、空いていれば駐車してもOK。ただお盆休み中なのでほとんど空きがなく、翌朝来た人たちは路肩にスペースを見つけるしかない。

ウトロの夕日
ウトロの夕日
 ヒマなので、このホテルの駐車場係りの老人と話し込む。ホテルは5月から11月までの期間だけ営業で冬は休業となるが、雪が3Mほど積もるので休業中も3回は雪下ろしに来るそうだ。その間お湯は流しっぱなしで、もったいないと言っていた。冬の休業中のあいだ従業員は何をやっているのかと尋ねると、ほとんどが年金生活者だから遊んでいるとの答え。たまに若い従業員も来るけどすぐ辞めてしまうようで、老人ばかりになってしまったとのこと。仕事中はホテル裏にある寮に住み込みで働いている。また、ここまで来る道は、自衛隊が訓練をかねて開設したと記念碑に書いてあった。

羅臼岳
羅臼岳
8月15日 岩尾別温泉〜羅臼岳〜根室

 朝5時50分から登り始める。最初のうちは樹林帯で風がなく暑かったけど、羅臼平に出ると樹林帯は終わり風が吹いて涼しくなった。クマ注意の看板が出ていて、かなり不安になった。羅臼平まで3時間、そこから山頂まで1時間かかった。羅臼平の上にある水場は水は出ているけど、水筒を満たすにはかなりの時間がかかりそうだ。
 山頂は狭く人で一杯だったけどなんとかお店を開くスペースを見つけて、いつものお昼ごはん。登ってみて初めてわかったんだけど、知床峠のパーキングからは山頂を拝むことはできない。オホーツク側は快晴だけど、太平洋側は低い雲に覆われていて完全な雲海。その雲海に浮かぶようにして、北方領土が良く見えていた。知床半島を堺に天候がはっきりと分かれているのがよくわかり、とても面白かった。が、明日からはあの雲の下を走るのかと思うと、ちょっと気が重くなった。このところずっと太平洋側は曇りだからだ。
 だんだん人が増え込み合ってきたので、スペースを空けるべく下山を始める。下っているあいだにもたくさんの人とすれ違った。これではすぐに山頂は満杯になって、渋滞が始まるだろう。涼しいこともあり、早朝に出発するに限るわけだ。
 羅臼平からは一気に下って、13時前に元の岩尾別温泉に到着。すぐそばの露天風呂に入る。この露天風呂はホテルの施設だけれど、ゆうべの駐車場係りのじいさんに無料で入れるよと教えてもらっていた。海パンはいて入ってる野郎がいるのには、ガッカリした。いいとしこいて、まったく。

木造廃船
木造廃船
 13時半にウトロを出発し、再び知床峠を越えて根室に向かう。“道の駅スワンねむろ”では寒くて、思わず自販機のホットココア缶を買うけど、これがぬるい。120円返せ!
 野付(のつけ)半島は予想通り廃車、廃船の宝庫で、写真をとりまくる。
 19時にやっと根室駅に着いた。トイレを借りた時、個室から出てきた彼は手も洗わずに、待合室で待つ彼女の元へ。納沙布(のさっぷ)岬まで行こうと思ったけど、結局力尽きて、根室駅前で眠ることにした。すぐ近くに交番があるけど、誰もいないようだ。
 発車した札幌行きのバスは、見送りの人が多かった。きっとお盆休みを郷里で過ごした人が、また戻るんだろう。駅前の食堂では、ばあさんがのれんをしまっていた。いったい何年くらい、ああやってのれんをしまってきたのだろうか。

水着を着て温泉に入るのは、やめましょう!
興ざめです(女性は除く)

納沙布岬
納沙布岬
8月16日 根室〜襟裳岬

 夜の根室駅は静かで、よく眠れた。
 この駅は大正10年8月8日開業で、花咲線全通80周年と書いてあった。意外と早い開業に少し驚いた。
 早朝納沙布岬に着いた。アーチ型のモニュメントと天気の悪さは、以前のままだった。そのあと“日本最東端の駅”という文句につられて、東根室駅に寄った。なんと木製床のホームだった。ここからなるべく海岸線沿いを行くことにする。国道を通ってもつまらないからね。
 物好きにも、落石岬に寄ってみた。クルマを置いて10分ほど歩いて、灯台まで行く。ここは周囲の植生が保護されていることもあって、以前とほとんど変わっていない。10分くらいは、俺一人しかいなかった。やっぱり早朝に来るに限るか。
 霧多布岬で、いつものようにコンビニで買ったお弁当を食べる。すぐ近くに“霧多布温泉ゆうゆ”というのがあり、迷わず入浴。層雲峡温泉以来、3日ぶりか。広くてゆったりしていて、いい気分。
 13時ころ釧路にはいる。コーヒーをがぶ飲みしたくなったのでファミレスを探すけど、なかなか見つからない。ケンタ、マック、モス、でもファミレスが出てこない。市街地を抜けあきらめかけたころ、ようやく“ビクトリア”っていうファミレスが出てきた。
 コーヒー飲み放題、サラダバー食べ放題。フライドオニオンがあったのはうれしかったけど、オリーブが無かったのは残念。支払いの時ここの店長に聞いて、やっとオシマ、イブリ、ヒヤマの位置がわかった。さらにこの店長、駐車場まで出てきて丁寧に道を教えてくれた。
 音別から十勝川河口にかけての海沿いの道は、所々舗装が無かったりセンターラインが無いくらいの狭さになったりした。厚内オコッペのキャンプ場は、すごくさみしそうだったけど、浜には砂で作った彫刻がたくさんあった。
 黄金道路はその名の通り、やたらと工事中のところが多い。日が落ちてから襟裳(えりも)岬よりも先に、食べ物を求めてえりも町中心部に向かう。又々コンビニでお弁当を買い、襟裳岬へ。雲は低く、高さ100メートルも無いんじゃないかな。でも視界は割と良くて、沖の漁船の明かりが見える。ここの灯台は陸まで照らしている。
 十勝川から広尾までの国道336号線は、もっとも北海道らしさが味わえる道かもしれない。晴れていれば、きれいだったろうなぁ。今日はお風呂にファミレスと、贅沢三昧の一日だった。残るは洗濯だ。

帯広の南東の忠類村の海岸付近に、ホロカヤントウという場所があります。ホロカは幌加と書くと思うのですが、それ以上はわかりません。
 この地名、会津の熱塩加納村くらいのインパクトがあり、気に入りました。

駐車場で花火をしては、いけません!

 というように岬の駐車場で過ごしていたら、地元の女らしい数人のグループがクルマでやってきて、おしゃべりを始めました。それだけならまあ、いいけど、なんとそいつら花火を始めやがった。
 「おめーら、ほかに行くとこネェーのかよぉ」
 「無いよ!」

襟裳岬灯台横の、土産物屋のじいさんへ

 お店の入り口を開けっ放しにしたのは、私ではありません。私はあなたよりずっと背が高いので、あの半分シャッターが閉めてあったところから入ったのではなく、別のところから入ったのです。
 ですから眼鏡を下にずらし、のぞき込むようにして小声で、「虫が入るんだよな〜」なんて言うのはよしましょう。
 自動ドアにするのが、いいと思います。  

ページ 1 2 3 次のページへ▶

 

▷ もどる ◁
気ままな人生、きままな旅
▷▶ HOME ◀◁