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槍昔への道 |
9月6日 屈斜路湖〜別海〜根室
きのう買出しに行ったセイコーマートで腹ごしらえをしてからスタート。標茶町の虹別から国道243号線に入り、それをちょっと南下してから国道からはずれて、光進、泉川、上西春別、大成、開進、西春別、新富、拓進、中西別と、以前撮影した1本の木を捜し求めて別海町をさまよったが、ついに発見できなかった。困ったもんだ。ちゃんと記録しておけばよかった。
どこを通ったかなんてまったくわからないまま、最終的には上風連から東へ進んで再び国道243号線に出てちょっと南下し、根室市に入ったらすぐ左折して、風連湖畔にあるどん詰まりの集落槍昔(やりむかし)へ行ってみる。
この槍昔に至るまでの道は、最初のうちは意外にも牧草地の中が多く、まだ根釧台地の続きということがわかる。その牧草地帯を過ぎると道は平坦な森の中を抜け、やがて槍昔で道は海に突き当たって終わる。どこにでもある10軒前後のちいさな漁村だった。行き止まりなので、延々と今来た道を戻らねばならない。
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天を仰ぐ漁船 |
国道に戻り根室市の中心部に近づくと、何やら廃船のにおいがする魅力的な漁港が現れる。無論、自称廃棄物写真家の俺が通り過ぎるわけにはいかない。そして俺のカンは見事に的中した。
草むらの中に何隻もの漁船が放置されていて、うれしくてたまらずシャッターを切りまくる。
この天を仰ぐ漁船の表情がいいねえ。ほどよいサビ具合が、渋さを増している。このところ、バイクやヘルメットをつや消しで塗りなおそうという欲求が、頭をもたげてきていて困る。
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骨組みをさらけ出す建物 |
次は根室の漁港。端っこのほうに行けば、このくらいの規模の港なら何かしろおもしろいものが転がっているのは、今までの経験から明らかである。
やっぱりあった。
どうも造船所らしく、火事かなんかで骨組みだけが残ったようだ。
きれいに整備されたこの根室漁港の中で、いちばん端にあるこの一帯だけが、再開発から取り残されたような景観だった。
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錆びた鋼鉄の漁船 |
これもすばらしい。
座礁したまま放置され、見事なまでにサビている。植物がついていることから、数年は放置されたままであろう。
操船を誤って座礁したのかもしれないが、ここはなんとか沈没をまぬがれるために座礁させ、船員の命を救ったということにしておきたい。漂流を防ぐためか、ケーブルで地面とつながれていた。
このような鋼鉄製の漁船も、木造船と同様に数が減ってきてしまった。今はこのクラスだとグラスファイバー船しか作られていないようだ。
できればこのまま手をかけずに、永遠に放置しておいてほしいものだ。
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夕食の花咲カニ |
今夜のお宿は、インディアンサマーカンパニー。根室高校近所のセコマの裏にある。お風呂屋はちと遠いので、済ませてから来たほうが良いだろう。
ブロスのハル坊もやってきた。そして去年白糠あたりのコンビニで会った、奈良のジェベル乗りにも再会。ずっと気になってた、デジタルメーターの時計を合わせてもらう。彼によると、道東林道は全線走行可能らしい。営林署かどっかで許可を取ったらしく、ゲートの鍵を持っていた。稚内で再会した農家の跡取り息子に次いで、去年の人との再会はこれでふたりめ。縁とは異なもの。
ここはカニ専門の水産会社の2階の広間がライハとなっていて、宿泊費1000円を払うと花咲カニが1パイついてくる。この建物内のいけすにいたヤツをゆでてくれるのだ。カニなんて食べるの、久しぶりだなぁ。めんどくさいからなぁ、カニを食べるのは。しかしこのカニみそ、たまんないぜ。ジュルジュル吸い取っちゃう。
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その後の花咲カニ |
9月7日 根室
雨だ。
当然のことながら、連泊だ。
「トモス」というモペットに乗った日本一周中のみわちゃんは、この雨と風の中、納沙布岬へと走り出していった。この旅に出るにあたり、理解の無い彼氏を捨ててきたというのだから、俺とは根性が違う。荷物がとても少ないのもさすがだ。ただ、そのグリーンのカワサキのジャケットだけは、どうにかしたほうが良いというのが、複数の者の意見である。
あとはほとんど昨夜と同じメンバーで、向かいのセコマに行く以外何もせずに、ただただ時間をつぶす。
夕飯はまたカニだ。2日続けてだとちとつらい。水産会社の2階ということもあり、常にカニのにおいが充満している。
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昆布盛漁港木造船体に鋼鉄製船橋 |
9月8日 根室〜霧多布〜釧路
台風は去り晴れたけど吹き返しの風が強く、海岸線一帯は吹き上げられた潮で白くかすんでいる。内陸部を通ろうかと思ったが、予定通り海岸線を行くことにした。
漁港と廃船マニアの俺は、花咲漁港や昆布盛漁港、落石漁港に寄り、シーサイドラインと名前がついた潮だらけの道を、風に揺られて右に左に傾きながら、潮で白くなったシールドをぬぐいつつ、温泉に入るべく霧多布(きりたっぷ)へと急いだ。
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霧多布の灯台 |
厚岸では毎度のことながら「カキ弁当」を食べる。1000円もしたっけ? 冷たくてもタレがしみ込んだごはんがうまい。カキもうまいか。500円だったらすごいのになぁ。いまだ吉野家の牛丼を超える食べ物は、発見できないのであった。
霧多布温泉「ゆうゆ」で潮を流し、四葉牛乳のコーヒー牛乳をいっきに飲み干し、また潮だらけになりながら厚岸を目指す。
国道を走ってもつまらないので、門静(もんしず)から左に折れて断崖に張り付くように作られたとんでもない細い道を通って尾幌(おぼろ)に出て、そこからは道々を使って性懲りも無くひたすら海岸線をなぞり、今度は昆布森漁港なんぞを見学しながら、いつまでたっても読み方がわからない釧路の有名な橋を渡り、オーストラリア以来ではないかと思われるローターリー式交差点を通過して、毎度お世話になっているライハ「ヒストリー」にたどり着いた。
やたらと高い和商市場などには目もくれず、久しぶりにスーパーで買い物をして、なぜか満足した俺であった。
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鋼鉄船の船橋 |
9月9日 釧路〜昆布刈石〜帯広
う〜ん、いい天気だ。まずは釧路漁港を目指そう。
宿を出てすぐのところで引っかかっていてはなかなか前に進まないのだが、こればかりは仕方が無い。
さすがに釧路だけあって、とても規模が大きい漁港だ。埠頭も倉庫も船の数も多く活気がある上に、周辺はよく整備されていて、テント張って泊まろうかなぁって思わせるきれいな公園もたくさんあって、気持ちが良い。ただ、あまりにも整備されすぎてしまい、少し面白みに欠けることも確かだ。時間がたって設備が古くなれば、「味」というものが出てくるのかもしれないので、10年後くらいに期待しよう。
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鉄くず |
おぉ、予想通りだ。端っこのほうに行けば、このような面白いものがあるものだ。
造船所があれば、もっと期待できる。
今どき木造の新造船なんて、自衛隊が使う機雷処理用の艦船だけだろう。磁気に反応して爆発する機雷があるので、木造艦でなければならないらしい。心配なのは、そういた大型の木造船を作れる職人と造船所がほとんど残っていないことだ。
根室のライハ「インディアンサマーカンパニー」で同宿だったわらぶき屋根職人もきっと貴重な存在なのだろう、全国から仕事の依頼が来るそうだ。彼によると、職人が減ってしまったことだけではなく、屋根の材料となるわらやかや、そして桧皮(ひわだ)の確保も、年々難しくなっているらしい。
釧路漁港を見学した後、西へ向かって国道をデレ〜っと走る。途中で青カタナのくまさんとすれ違った。根室にかにでも喰いに行くのだろう。どうやら留萌を脱出できたようだ。
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根室本線尺別駅 |
音別町に入り、尺別川に架かる小さな橋を渡ったところで国道を海側にそれ尺別駅に立ち寄る。駅周辺には住人がいる家屋が数件あるものの、駅正面には同じくらいの数の廃屋があるだけだった。
尺別駅を見学中に、ちょうど帯広方面へ向かう普通列車が入ってきたが、乗降客はひとりもいなかった。
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尺別の郵便局跡 |
次は国道を反対側に渡って内陸方面へ入り尺別炭鉱跡へ向かった。炭鉱までは広い牧草地が続くのどかそのものの光景が広がっていて、この先にかつて繁栄を極めた炭鉱街があるなんて想像もつかない。
ここは現在の地図では尺別原野と表記されているが、かつては炭鉱があり、映画館まで備えた立派な町があった。尺別駅からは雄別炭鉱尺別鉄道が引かれていた。
現在は跨線橋の台座や郵便局、ガソリンスタンド跡が残る程度だ。暗くなってから鉄道でこの町に戻ってくると、「ハモニカ横丁」と呼ばれた長屋の灯りが丘の上に並び、とてもきれいだったそうだ。
尺別炭鉱は大正7年に開鉱し、1969年(昭和44)2月27日閉山。尺別鉄道も閉山に伴って1970年(昭和45)4月16日に廃止された。
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昆布刈石のオフロード |
浦幌町に入ってすぐ、ライハがある交差点を左折して国道38号線をはずれて鉄道沿いに走り、海岸線を行く。
昆布刈石の海沿いの未舗装路がどうなっているか見に来たのだが、どんどん舗装工事が進んでいて、数年後には全線舗装されそうな勢いだ。
もう舗装されてしまった区間でも、よく見ればその隣に旧道が残っていて走ることができ、遠い昔のことを思い出すことができそうだ。
数年前、雨の中この道を走ったことがある。その時はただたださびしいだだったが、晴れていさえすればとても景色の良いところだ。
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豊頃町のはるにれの木 |
次は豊頃町にある、ハルニレの木を見に行く。地図上ではかなり前から知ってはいたのだが、ちょっと幹線道路から外れることもあって見に行かなかった木だ。なぜか今回は行く気になったようだ。
2本の木が一体化したらしいが、そこのところは見てもよくわからない。それにしても、よくぞこんな畑のど真ん中にある木を残したものだ。
十勝川沿いにあり、堤防から良く見える。
帯広はもう3回目なので、道に迷うことなく「六花亭」でも「ライハにしな」でもたどり着くことができるようになっていた。